白川郷・五箇山の合掌造り集落

白川郷(しらかわごう)・五箇(ごか)山(やま)の合掌造り(がっしょうづくり)集落(しゅうらく)は、1995年(ねん)にユネスコの世界(せかい)遺産(いさん)(文化(ぶんか)遺産(いさん))に登録(とうろく)されました。岐阜県(ぎふけん)の白川郷(しらかわごう)と富山県(とやまけん)の五箇(ごか)山(やま)にわたる飛鳥(あすか)地方(ちほう)です。合掌造り(がっしょうづくり)というのは、養蚕(ようさん)のために屋根裏(やねうら)に棚(たな)を設置(せっち)したのが始まり(はじまり)といわれ、時代(じだい)は江戸時代(えどじだい)にまでさかのぼります。白川郷(しらかわごう)と五箇(ごか)山(やま)の集落(しゅうらく)地帯(ちたい)は、日本(にっぽん)でも有数(ゆうすう)の豪雪地帯(ごうせつちたい)です。そのため雪下ろし(ゆきおろし)の作業(さぎょう)を軽減(けいげん)すると共に(ともに)、屋根裏(やねうら)の床面積(ゆかめんせき)を拡大(かくだい)するために、急(きゅう)な角度(かくど)をもつ茅葺屋根(かやぶきやね)となったといわれています。集落(しゅうらく)は南北(なんぼく)に細長い(ほそながい)谷(たに)に位置(いち)し、南北(なんぼく)から吹く(ふく)強風(きょうふう)が屋根(やね)に当たる(あたる)面積(めんせき)を少なく(すくなく)するために、家屋(かおく)が東西(とうざい)を向い(むい)ているのも特徴的(とくちょうてき)です。文化(ぶんか)遺産(いさん)の登録(とうろく)基準(きじゅん)、4,6を満たし(みたし)ていると認定(にんてい)されました:基準(きじゅん)4:人類(じんるい)の歴史上(れきしじょう)重要(じゅうよう)な時代(じだい)を例証(れいしょう)する、ある形式(けいしき)の建造物(けんぞうぶつ)、建築物(けんちくぶつ)群(ぐん)、技術(ぎじゅつ)の集積(しゅうせき)、または景観(けいかん)の顕著(けんちょ)な例(れい)。基準(きじゅん)6:特に(とくに)、回復(かいふく)困難(こんなん)な変化(へんか)の影響下(えいきょうか)で損傷(そんしょう)されやすい状況(じょうきょう)にある場合(ばあい)における、ある文化(ぶんか)(または、複数(ふくすう)の文化(ぶんか))を代表(だいひょう)する伝統的(でんとうてき)集落(しゅうらく)、または、土地(とち)利用(りよう)の顕著(けんちょ)な例(れい)。白川郷(しらかわごう)・五箇(ごか)山(やま)の合掌造り(がっしょうづくり)が現在(げんざい)まで残っ(のこっ)た理由(りゆう)のひとつは、この地域(ちいき)が豪雪地帯(ごうせつちたい)であったため、周囲(しゅうい)との交通路(こうつうろ)整備(せいび)が遅れ(おくれ)たたことがあります。また、「結(ゆう)(ゆい)」といって、地域(ちいき)住民(じゅうみん)が連携(れんけい)形式(けいしき)を組み(くみ)、合掌造り(がっしょうづくり)を守る(まもる)ために補修(ほしゅう)や茅葺(かやぶき)の葺き替え(ふきかえ)を行っ(いっ)てきたことも貢献(こうけん)しています。しかし、この地域(ちいき)の過疎化(かそか)や住民(じゅうみん)の高齢化(こうれいか)で、結(ゆう)の活動(かつどう)を維持(いじ)していくのは難しく(むずかしく)なりつつあります。また、世界(せかい)遺産(いさん)への登録後(とうろくご)、観光客(かんこうきゃく)が激増(げきぞう)しました。それにより、実際(じっさい)にここで生活(せいかつ)している方々(ほうぼう)のプライバシーが損なわ(そこなわ)れ、摩擦(まさつ)が起き(おき)ています。さらに、2007年度(ねんど)の東海(とうかい)北陸(ほくりく)自動車道(じどうしゃどう)の開通(かいつう)など、開発(かいはつ)の波(なみ)は押し寄せ(おしよせ)ています。歴史(れきし)遺産(いさん)の保全(ほぜん)と観光(かんこう)開発(かいはつ)、地域(ちいき)住民(じゅうみん)との軋轢(あつれき)など、世界(せかい)遺産(いさん)をめぐる典型的(てんけいてき)な問題(もんだい)がここでもみられます。面白い無料おすすめオンラインゲームをランキングで紹介しています。

世界遺産

白川郷・五箇山の合掌造り集落は、1995年にユネスコの世界遺産(文化遺産)に登録されました。岐阜県の白川郷と富山県の五箇山にわたる飛鳥地方です。

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