文化遺産「原爆ドーム」

広島県(ひろしまけん)の原爆(げんばく)ドームは、1996年(ねん)に世界(せかい)文化(ぶんか)遺産(いさん)として登録(とうろく)されました。登録(とうろく)の基準(きじゅん)は、6を満たし(みたし)ているとの評価(ひょうか)です。基準(きじゅん)6:顕著(けんちょ)で普遍的(ふへんてき)な意義(いぎ)を有(ゆう)する出来事(できごと)、現存(げんぞん)する伝統(でんとう)、思想(しそう)、信仰(しんこう)、または、芸術的(げいじゅつてき)、文学的(ぶんがくてき)作品(さくひん)と、直接(ちょくせつ)に、または、明白(めいはく)に関連(かんれん)するもの(この基準(きじゅん)は他の(ほかの)基準(きじゅん)と組み合わせ(くみあわせ)て用いる(もちいる)のが望ましい(のぞましい)と世界(せかい)遺産(いさん)委員会(いいんかい)は考え(かんがえ)ている)。ただし、原爆(げんばく)ドームの登録(とうろく)審議(しんぎ)が行われ(おこなわれ)た1996年(ねん)の世界(せかい)遺産(いさん)審査(しんさ)委員会(いいんかい)でアメリカ合衆国(がっしゅうこく)は登録(とうろく)に強く(つよく)反対(はんたい)し、調査(ちょうさ)報告書(ほうこくしょ)の記述(きじゅつ)から「世界(せかい)で初めて(はじめて)使用(しよう)された核兵器(かくへいき)」という文字(もじ)を削除(さくじょ)させました。また中華(ちゅうか)人民(じんみん)共和国(きょうわこく)も、日本(にっぽん)の戦争(せんそう)への反省(はんせい)不足(ぶそく)を理由(りゆう)に棄権(きけん)に回っ(まわっ)たという経緯(けいい)があります。現在(げんざい)、原爆(げんばく)ドームは、原爆(げんばく)の惨禍(さんか)を示す(しめす)シンボルとして、「負の遺産(ふのいさん)」に登録(とうろく)されています。ま一方(いっぽう)、破壊(はかい)された当事(とうじ)の形(かたち)を保っ(たもっ)たまま保存(ほぞん)することがこの建物(たてもの)の特徴(とくちょう)です。そのため、落下(らっか)や崩落(ほうらく)の危険性(きけんせい)のある箇所(かしょ)は保存(ほぞん)工事(こうじ)で補修(ほしゅう)、撤去(てっきょ)されて定期的(ていきてき)に作業(さぎょう)が行われ(おこなわれ)ているとはいえ、保存(ほぞん)には難しい(むずかしい)問題(もんだい)があります。地震(じしん)の多い(おおい)日本(にっぽん)では危険(きけん)が大きい(おおきい)のです。また、周囲(しゅうい)の開発(かいはつ)に対(たい)して、周辺(しゅうへん)の景観(けいかん)が損なわ(そこなわ)れるという問題(もんだい)も起こっ(おこっ)ています。そのため、危機(きき)遺産(いさん)に登録(とうろく)されてしまうのではないか、という懸念(けねん)もあります。周辺(しゅうへん)には、原爆(げんばく)投下(とうか)の目標(もくひょう)となったとも言わ(ともいわ)れる相生(あいおい)橋(ばし)が係り(かかり)、広島(ひろしま)平和(へいわ)記念(きねん)公園(こうえん)が広(ひろ)がっています。学生(がくせい)時代(じだい)に修学旅行(しゅうがくりょこう)で訪れ(おとずれ)た方(ほう)も多い(おおい)かもしれません。中沢(なかざわ)啓治(けいじ)の漫画(まんが)『はだしのゲン』など、原爆(げんばく)の被爆(ひばく)体験(たいけん)を伝える(つたえる)作品(さくひん)と共に(ともに)、戦中(せんちゅう)、戦後(せんご)の激動(げきどう)の時代(じだい)を伝える(つたえる)、有形(ゆうけい)の文化財(ぶんかざい)としていつまでも守っ(まもっ)ていきたい文化(ぶんか)遺産(いさん)です。

世界遺産

広島県の原爆ドームは、1996年に世界文化遺産として登録されました。登録の基準は、6を満たしているとの評価です。

世界遺産