法隆寺地域の仏教建造物
「法隆寺(ほうりゅうじ)地域(ちいき)の仏教(ぶっきょう)建築物(けんちくぶつ)」は、1993年(ねん)にユネスコの世界(せかい)文化(ぶんか)遺産(いさん)に登録(とうろく)されました。世界(せかい)文化(ぶんか)遺産(いさん)の登録(とうろく)基準(きじゅん)1、2、4.6を満たし(みたし)ていることが認め(みとめ)られたためです。具体的(ぐたいてき)に、国連(こくれん)から依頼(いらい)を受け(うけ)て文化(ぶんか)遺産(いさん)の現地(げんち)調査(ちょうさ)にあたる、ICOMOS(国際(こくさい)記念物(きねんぶつ)遺跡(いせき)委員会(いいんかい))は、基準(きじゅん)について次のよう(つぎのよう)に述べ(のべ)ています。基準(きじゅん)1:「人類(じんるい)の創造的(そうぞうてき)天才(てんさい)の傑作(けっさく)を表現(ひょうげん)するもの。」具体的(ぐたいてき)には、「法隆寺(ほうりゅうじ)の建築物(けんちくぶつ)群(ぐん)が、木造(もくぞう)建築(けんちく)としての構造(こうぞう)・配置(はいち)量(りょう)観点(かんてん)から傑作(けっさく)である。」基準(きじゅん)2:「ある期間(きかん)を通じ(つうじ)て、または、ある文化圏(ぶんかけん)において、建築(けんちく)、技術(ぎじゅつ)、記念碑(きねんひ)的(てき)芸術(げいじゅつ)、町並み(まちなみ)計画(けいかく)、景観(けいかん)デザインの発展(はってん)に関し(にかんし)、人類(じんるい)の価値(かち)の重要(じゅうよう)な交流(こうりゅう)を示す(しめす)もの。」具体的(ぐたいてき)には、「同(どう)建造物(けんぞうぶつ)群(ぐん)が、仏教(ぶっきょう)伝来(でんらい)直後(ちょくご)の仏教(ぶっきょう)建築物(けんちくぶつ)で、日本(にっぽん)の宗教(しゅうきょう)建築(けんちく)に深い(ふかい)影響(えいきょう)を及ぼし(およぼし)た。」基準(きじゅん)4:「人類(じんるい)の歴史上(れきしじょう)重要(じゅうよう)な時代(じだい)を例証(れいしょう)する、ある形式(けいしき)の建造物(けんぞうぶつ)、建築物(けんちくぶつ)群(ぐん)、技術(ぎじゅつ)の集積(しゅうせき)、または景観(けいかん)の顕著(けんちょ)な例(れい)。」具体的(ぐたいてき)には、「同(どう)建造物(けんぞうぶつ)群(ぐん)は、中国(ちゅうごく)文化(ぶんか)への順応(じゅんのう)、日本(にっぽん)の寺院(じいん)建築(けんちく)の配置(はいち)、および結果的(けっかてき)に日本(にっぽん)独自(どくじ)の様式(ようしき)を確立(かくりつ)した代表的(だいひょうてき)な例(れい)である。」基準(きじゅん)6:「顕著(けんちょ)な普遍的(ふへんてき)な意義(いぎ)を有(ゆう)する出来事(できごと)、現存(げんぞん)する伝統(でんとう)、思想(しそう)、信仰(しんこう)、または、芸術的(げいじゅつてき)、文学的(ぶんがくてき)作品(さくひん)と、直接(ちょくせつ)に、または、明白(めいはく)に関連(かんれん)するもの。」具体的(ぐたいてき)には、「日本(にっぽん)への仏教(ぶっきょう)の流入(りゅうにゅう)、および聖徳太子(しょうとくたいし)の仏教(ぶっきょう)奨励(しょうれい)が、同地域(どうちいき)への仏教(ぶっきょう)の浸透(しんとう)に際立っ(きわだっ)た特徴(とくちょう)を示し(しめし)ている。」「法隆寺(ほうりゅうじ)地域(ちいき)」とは、奈良県(ならけん)生駒郡(いこまぐん)斑鳩町(いかるがちょう)を指し(さし)、法隆寺(ほうりゅうじ)および法起寺(ほっきじ)の建造物(けんぞうぶつ)のことです。この地域(ちいき)の仏教(ぶっきょう)建築物(けんちくぶつ)は、聖徳太子(しょうとくたいし)と深い(ふかい)関連(かんれん)があります。中国(ちゅうごく)の六朝(りくちょう)時代(じだい)の建築(けんちく)の影響(えいきょう)が強い(つよい)ことでも知ら(しら)れ、法隆寺(ほうりゅうじ)の西院(さいいん)伽藍(がらん)は、世界(せかい)最古(さいこ)の木造(もくぞう)建築物(けんちくぶつ)といわれています。明治時代(めいじじだい)初期(しょき)、仏教(ぶっきょう)寺院(じいん)や仏像(ぶつぞう)などを廃(はい)毀し(こわし)仏教(ぶっきょう)に対(たい)して弾圧(だんあつ)を加え(くわえ)た「廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)」によって、法隆寺(ほうりゅうじ)をはじめとするこれらの寺院(じいん)も打撃(だげき)を受け(うけ)ました。しかし第二次(だいにじ)世界(せかい)大戦後(たいせんご)、文化財(ぶんかざい)保護法(ほごほう)により国宝(こくほう)ならびに重要(じゅうよう)文化財(ぶんかざい)に指定(してい)され、世界(せかい)遺産(いさん)への登録(とうろく)に至っ(いたっ)たのです。
世界遺産
「法隆寺地域の仏教建築物」は、1993年にユネスコの世界文化遺産に登録されました。世界文化遺産の登録基準1、2、4.6を満たしていることが認められたためです。具体的に、国連から依頼を受けて文化遺産の現地調査にあたる、ICOMOS(国際記念物遺跡委員会)は、基準について次のように述べています。
世界遺産